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映画の紹介とかいろいろ(ネタバレあり)

親子の宿命とは?『砂の器』その1

      2016/12/23

1974年に公開された映画。

しかし脚本はそれより10年前に完成していた。
原作は松本清張の同名小説。
新聞連載の途中から松竹が原作権を取得。
監督に名乗りをあげたのは野村芳太郎。

脚本は橋本忍と山田洋次の共同。
単行本化された原作はベストセラーに。
橋本と山田は旅館に籠り脚本化に取り組んだ。
しかし清張ものとしてはあまり出来の良くない原作だった。

砂の器

二人はいきなり脚本化にあたり頭を抱えてしまった。

「どうする、山田君」
「降りましょう、この企画から」

しかし橋本は何度も原作を読み直しているうちに
この小説のある2行の文章に着目した。
「山田君、ここだよ。この映画の肝は」
このたった2行の文章を拡大することによってこの脚本は勝利した。

国鉄蒲田の操車場で一人の初老の男性が撲殺される事件が起こる。
凶器は石。
蒲田署の刑事今西(丹波哲郎)と若い刑事吉村(森田健作)がコンビでこの事件を担当。

砂の器

被害者は殺される前にトリスバーで若い男と合っていたことが判明。
バーの女給は二人が東北弁で喋っていたと証言。
しかも「カメダ」と言う謎の言葉を連発していた。

今西はこれを土地の名前と推理。


秋田県の羽後・亀田まで吉村と赴く。この『カメダ』と言う謎の言葉を探る発想は
オーソン・ウェルズの名作『市民ケーン』からインスピレーションを受けたのではないかと推測される。
映画ファンだった松本清張はこの映画を観ていたに違いない。
そして複雑な時空を超えた脚本の構成も『市民ケーン』と似てなくはないか。

複雑な構成の天才と言われた橋本忍は
名作「羅生門」でもフラッシュバックによる華麗な構成を展開していた。

この時、橋本が1941年制作の『市民ケーン』を観ていたかどうかは定かではない。

『市民ケーン』が日本で公開されたのは昭和43年だったから
昭和25年制作の「羅生門」が影響を受けるはずがない。

ただし戦後に「市民ケーン」が一般公開される前はシネマテークで
あるいは自主上映会でこの伝説の名画は頻繁に上映されていた
それは昭和25年以降の話である。

だから清張がどこかの自主上映でこの映画を観た可能性は高い。
橋本のフラッシュバック構成は偶然にもそれと重なるが
これは偶然であると思われる。

この謎の言葉を推理していく展開の小説は森村誠一の「人間の証明」でも応用される。
森村の場合「スローハ」という謎の言葉。
『市民ケーン』は「ローズバット」。
これは単なる真似であった。

話がそれた。本題に戻ろう。

さて二人の刑事は亀田の警察署の親切な協力を得て
数日前にこの土地に妙な男がふらついていたことを知る。

しかしこれは事件と関係ないようだった。

二人は何の手がかりもないまま、東京へ戻る事にした。

帰りの夜行列車の中で今西は、落胆する吉村にビールをごちそうすると言ってくれた。
この初老の刑事と若い刑事のコンビのバリエーションは黒澤明監督の『野良犬』を彷彿させる。
橋本と山田は相当意識してこれをお手本にしたと思われる。

何故ならば野村と橋本が組んだ前作『張り込み』(原作は清張)も
宮口精二と大木実の初老の刑事と若い刑事のコンビだったからだ。

さて食堂車で二人の刑事は、サイン攻めにあっている男を目撃する。
それは新進気鋭の作曲家・和賀英良(加藤剛)であった。

「若いのに偉いんだな」

今西はそうつぶやいた。

和賀は東北の演奏旅行を終えて、彼ら刑事と同じく、東京に帰る途中であった。
この映画は旅の映画でもあった。
公開当時はまだ新幹線も開通していない時期。
この旅がやがてクライマックスで拡大される伏線となるのである。

続く。

 

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